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Thursday, November 15, 2007

浦和 アジア王者 ACL日本勢初V

浦和 アジア王者 ACL日本勢初V

 サッカーのアジアのクラブ王者を決めるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦は県民の日の十四日、埼玉スタジアムで行われ、浦和は昨季のイラン杯優勝のセパハン(イラン)に2―0で快勝し、2戦合計3―1で日本勢として初の栄冠を獲得した。浦和は十二月七日から十六日まで、横浜国際競技場ほかで行われるクラブワールドカップ(W杯)にアジア代表で出場。十日の準々決勝から登場し、セパハン―ワイタケレ(ニュージーランド)の勝者と対戦する(19時30分・豊田スタジアム)。

 スタジアムは国内のACL最多の5万9034人の大観衆で真っ赤に染まった。浦和は前半22分、ポンテの横パスをセパハンDFがクリアミスし、抜け出した永井が強烈なミドルシュートをゴール左に突き刺して先制。後半はセパハンの分厚い攻撃に手を焼いたものの、少ない好機を生かした。26分、左クロスをワシントンがはたくと、永井がシュート。GKがはじいたこぼれ球を阿部がヘッドで押し込んだ。

 最優秀選手には浦和の永井が選ばれた。

 二〇〇五年度の天皇杯全日本選手権と昨季のJリーグを制し、初めて出場権を手にした浦和はホーム・アンド・アウエー方式で行われる1次リーグE組でシドニー(オーストラリア)上海申花(中国)ペルシク・ケディリ(インドネシア)と対戦。2勝4分け、勝ち点10で同組1位となり、8チームで争われる決勝トーナメントに進んだ。

 決勝トーナメント最初の準々決勝では、前回のACL覇者の全北(韓国)にホーム、アウエーとも勝ちベスト4入り。昨季Kリーグ王者の城南(韓国)との準決勝は2試合とも2―2で引き分け、PK戦の末に日本勢初の決勝に進出した。

 セパハンとの決勝第1戦はアウエーで行われ、1―1で引き分けた。

記念すべき日に

 上田清司知事の話 真っ赤に染まった埼玉スタジアムで悲願であったアジアチャンピオンとなり、そして世界進出が現実のものとなったことに感動した。県民の日に当たる十一月十四日は、埼玉県だけでなく、日本全国のサッカーファンの記念すべき日となった。クラブW杯では、世界に名をはせることを期待している。

さいたま市の誇り

 相川宗一さいたま市長の話 歴史的快挙を成し遂げた浦和レッズの選手、監督、スタッフに最大級の賛辞を贈りたい。激戦を乗り越えアジアに羽ばたいたレッズの勇姿が、市民をはじめ全国の人々に勇気と希望を与えたことはさいたま市の誇り。クラブW杯では日本サッカーの実力を、世界に証明してくれるものと確信している。

http://www.saitama-np.co.jp/news11/15/01r.html

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Sunday, December 03, 2006

6万人サポーター歓喜!浦和、14年目で初の年間王者

6万人サポーター歓喜!浦和、14年目で初の年間王者

 J1最終節(2日、浦和3-2G大阪、埼玉スタジアム)笑顔のVだ! 浦和が2位G大阪との最終決戦を3-2で勝利してリーグ初優勝。J2降格、昨季の最終戦V逸など14年の苦難を乗り越えての悲願達成。DF田中マルクス闘莉王(25)は、ホーム・埼玉スタジアムに集結したJ1リーグ戦歴代最多6万2241人のサポーターとともに歓喜の瞬間を迎えた。
                           ◇

 涙より笑顔。6万のスマイルが光を放った。

 「やっと皆さんの期待に応えられました!」

 主将のMF山田がスタンドに叫ぶと、地鳴りのような歓声が沸き起こる。浦和レッズ、リーグ初V。日本サッカー史にしっかりと刻んだ。J2降格経験のあるチームとしては初の快挙だ。

 負けても2点差以内なら優勝の最終戦。G大阪に先制されたが6分後に追いつき、前半44分にFWワシントンのゴールで逆転。さらに後半14分、MF三都主の右クロスをDF闘莉王がつなぎ、ワシントンが頭で決めて3点目。勝負を決めた。「浦和の強さはどんな状況でも結果を出すところ」。左足痛をおして強行出場した闘莉王も、満面の笑みを浮かべた。左足内転筋痛で前日練習も途中離脱するほどの重症。この日は痛み止めを服用して先発した。「いつものパフォーマンスとは全然違ったかもしれない」と、自らのプレーには不満げだったが、優勝の瞬間は笑顔だった。

 ダイヤのように輝きたい-。サポーターの思いとともに栄光へたどり着いた。就任したばかりのブッフバルト監督から直々に電話をもらい04年、J2水戸から移籍した“闘将”。昨季は2位と、あと一歩で優勝を逃した。今季はワシントンやMF小野らが加入。その中心に闘莉王がいた。

 黄金時代の幕開けだ。オシム・ジャパンへ闘莉王ら7人を送り込み、この日もベンチに小野ら代表経験者6人が待機する戦力。それを整えられる潤沢な資金も、サポーターあってこそ。昨季営業収入58億円、人件費23億円はリーグ最高。この日もリーグ戦歴代最多6万2241人を集め、今季ホーム入場者数はJ史上最多の77万4749人に達した。

 「本当によかった」と話す藤口光紀社長の脳裏には過去の様々な苦悩が浮かぶ。2年連続最下位だった94年最終節、富山での横浜M戦で6失点大敗。怒った観客がピッチになだれ込んだ。当時運営担当だった藤口社長は身の危険を感じつつ、彼らの瞳に光る涙を見つけた。「弱いのだから怒りも当然。強くしたい」。以降、サポーターと積極交流。藤口社長らスタッフはときにサポーター宅で酒を酌み交わしながらチーム強化策を議論した。その思いは選手も分かっている。

 これでホーム22戦負けなし。「サポーターのために」と繰り返し、スタンドの熱気と同じハートを持つ闘莉王は「ずっとこのためにやってきた。素晴らしい」。

 We are Reds! 声をそろえる選手、スタッフ、サポーター。闘莉王も最高の笑顔を見せた。

★岡野、サポーターに感謝のプレゼント

 途中出場で優勝の瞬間をピッチで迎えたベテランFW岡野は試合後スタンド近くへ上がり、サポーター代表へ自分のユニホームをプレゼント。「弱いときからずっと応援してくれている。彼らは本当にぼくらを勇気づけてくれる」と感謝のしるしとして手渡した。2000年のJ2時代を知るチーム最年長の34歳。低迷期には「よく10円玉が飛んできた。(サポーターの)気持ちは分かる。オレが向こうなら絶対にやってる」と話していたが、今季はサポーターとともに喜びを分かち合った。

★史上最多入場者を記録

 この日の埼玉スタジアムは、6万2241人が来場。これまで01年第1ステージの浦和-横浜M戦(10月13日、第8節・埼玉ス)で記録したJ1リーグ戦の最多入場者記録を塗り替えた。J1リーグ戦での入場者記録では、5位までのうち3試合が浦和のホーム戦(いずれも埼玉ス)で、改めて人気の高さを証明した。

■浦和レッドダイヤモンズ
 1950年に中日本重工サッカー部として創部。65年に三菱重工業サッカー部として第1回日本サッカーリーグに参加した。92年に三菱浦和フットボールクラブに改称し、Jリーグ参加は93年発足元年から。96年から呼称を「浦和レッズ」とする。タイトルは日本リーグ優勝4度、天皇杯優勝5度。Jリーグでは00年にJ2降格するなど低迷していたが、03年ナビスコ杯優勝から強豪の仲間入り。04年には第2ステージで優勝している。チーム名は「ダイヤモンド」がもつ最高の輝き、固い結束力をイメージし、クラブカラーの「レッド」と組み合わせた。ホームタウンは埼玉県さいたま市。ホームスタジアムは埼玉スタジアム(さいたま市緑区、6万3700人収容)。クラブカラーはレッド。

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J1リーグ初優勝。おめでとう!

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Monday, March 28, 2005

マーケティングリサーチの窓:内容を徐々に深めていきます。

これからが本番に繋げる第二幕。

マーケティングリサーチャーの「窓」を開設して間もない。
お知らせから導入を経て、これからがマーケティングリサーチャーの「窓」を徐々にではありますが、バージョンアップしていきます。
しばらくは、つぶやき、マーケティング視点でお話を進めたいです。
まず、マーケティング、リサーチに慣れるところからのスタートで行っています。
今後に期待をしたい。 調査の結果やデータで知りたいことがあれば...。
時間がかかるかも知れないですが、できる範囲で努力したいです。
仕事に支障ない範囲での提供になります。ご容赦ください。

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Sunday, March 20, 2005

地震だ!建物は避けよう。

今日も九州地域、韓国で地震が起きました。
近年、特に阪神大震災以降は震度6規模の地震が、日本全国各地で起きています。
近いところでは、宮城、新潟などです。
今日の九州の地震では、高層ビルのガラス割れ、破片が落下。
地震と感じたら、建物や塀から離れたほうがよいと感じました。
予測もできない事態ですが、緊急のときの心構えと対応を身につけたいものです。

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